いつも見ていたヒロシマ

青い地球を守れ

いつもの各務原公園で

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座って井上利成さんの『拍手』を練習していたところに、下校中の小学生が話しかけてくれた。

そこで、「かわいそうな象」のお話知っている?と語り合いながら、唄った。

 

いつものようにイラストを立かけて数曲歌っていると、ジョギング用ジャージ姿の壮年のカッコいいおじさまが「反戦フォークですか?」と話しかけてくださった。「実は・・と、色々語ってくれた。 彼の中学生時代の美術の先生が、笠木透やナターシャセブンのうたを教えてくれたと。全校朝礼の時にみんなで唄ったんです。そして、岐阜方針ラジオのヤング1430も視聴し、なんと椛の湖のピクニックコンサートにも中学生の頃行った とのこと。加川良の教訓1をコロナ禍の始まりのころ、女優の杏さんが弾きがっていたことで盛り上がってしまった。

 

また何曲かうたっていると、今度は脇に置いてある署名用紙に黙って記入している男性が。

「本当にきな臭くなっているので頑張ってください」

とエールを下さった。

 

今日は 嬉しい出会いがいっぱいで、元気をもらいました。

 

 

 

街頭スタンディング考①

昨年8月6日 原水協の原爆写真展を観に行った事がきっかけとなり、市原水協と接点ができた。

月に一度の早朝サイレントスタンディングと何度かのアピールスタンディングがおこなわれている。

僕も秋以降、早朝には数回参加した。

ずーとこのスタンディングを支えてきた方が、しみじみと「どれほどの効果があるか 虚しくなる」

と嘆かれていた。

僕といえば、若い頃は、みんなとシュピレヒコールをあげるのが楽しかった。暑い日も寒い日も

街頭署名に立ち続ける事が平和に続くと信じていた。

その後諸事情により社会的活動からは撤退していた。

(続く)

高校の頃聴いた唄。団塊の世代のお兄ちゃんたちに憧れていた、シラケ派世代の僕。

https://youtu.be/hs6dDo2DYLo

 

2022年11月20日 久しぶりの志賀公園

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ミニギターに持ち替えてからの初めての志賀公園。

今日は 四國五郎さんの辻詩ポスターをおっ立てて。

初めはリハビリ散歩のおじさまが熱心に聴いてくださり、最後は不自由な両手で熱心に手を振って激励の意思表示。

次に立ち止まって下さったおばさま、主旨には賛同するけれども、署名はちょっとと 断られてしまった。でもボランティアでやっている事 立派だよ と暖かいお言葉。

もう終わりにしようとしたところで聞いて下さっていたおばさま、快く署名をしてくださった。

いったん立ち去られた後 戻ってっこられて 「後から 勧誘やら物売りには来ないですよね」と確認。

そのようなことは絶対しません とお答えした。

 

今日のようなふれ合いが嬉しい。

 

 

 

ウクライナ戦争についてのモヤモヤ

侵略したプーチンロシアが悪いに決まっとる。

でも モヤモヤするのはなぜか?

ゼレンスキーの背後のアメリカ NATOの存在のためである。

日本の反戦運動が ウクライナ国旗を掲げ ウクライナ国歌をうたって という画一さも気持ちが悪い。

 

国同士の戦争に対し、対抗するのは民衆・人民である。

国と国の戦いという構図をぶち壊すこと、平和運動に求められている視点ではないのか。

2021 7月19日

7月17日 土曜日 松本の豆工房へ 鈴木さんと藤原和義さんのライブに行った。ゲストはジュニアこと青山雅彦さん。

その夜 鈴木亭でBBQ


笠木透さんゆかりの二人のお話しに触発されて今日は笠木さんの曲をいっぱいやった。

 

終わりがけに励ましの手を振ってくださった婦人 ありがとうございました。f:id:tetsu77a:20210719171806j:image

2020 10 16. 各務原市民公園

15:00〜17:00

今日は、四國五郎さんの画を中心にした。また、先日妻籠のお土産やで購入したミニほうきに戦争放棄

おこりじぞうの単行本(絵本ではなく)が読みたくなった。

 

準備の最中に、通りがっかった 人生の先輩のおばさま三人が熱心に五郎さんの画を観ておられた。

五郎さんのこと笠木さんのこと 9条の会のことなどのお話をした。

 

小学生、中学生の下校時間と重なった。他いつも以上に、立ち止って聴いてくれる人が多かったようである。

 

 

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今日は時間を気にせず たっぷり気持ち良く唄えた。

 

ケサラのリズムが上手く取れなかった。遠い世界に のDの音が変だった。

 

岡林の 友よ を久しぶりに唄った。いい曲です。

 

ラストは これが世界の終わりとしても 光の海 一本の樹 

いつも見ていたヒロシマ

各務ヶ原市 市民公園(岐阜大学農学部跡地)にて

5:30すぎ。今日はチューニングが早くでき、笠木さんの「無告の民」、被爆の絵  少年兵などのパネルを立てかけ、いつものように、「花はどこへいった」(阪大ニグロ版)をアルペジオで爪弾きはじめた。

まだ ワンコーラスも進まないのに、にこやかに女性が話しかけてくれた。「もしよかったら合わさせてもらっていいですか。」直感的に何か伴奏楽器を弾かれるのだろうと、「ええよろしくお願いします」と答えた。

そして ケースから取り出されたのが 「鍵盤ハーモニカ」。ヤマハ製であれば 商品名ピアニカ

楽譜には旋律とコードがふってあったのだが、それを見ながら、旋律を奏でてくださった。

単純なアルペジオとコードストロークの貧相な私の伴奏が一気に 厚みのある艶やかなものに変身した。

「先日も歌われていた時 仲間と共に聴いていたんですよ。」と  

彼女は アマチュアのジャズバンドのメンバーだという。お年は 僕よりも10歳以上若いかな。9条のこと、コロナでうたう場所がなくって などとお話ができた。

3.11での忸怩たる想い、機密法-共謀罪-安保法制

これらのことがきっかけとなった。安保法制(戦争法)の時には国会まで馳せ参じた。そして、「街に出よう」と。集会やデモ ぼっちスタンディングをはじめた。

その頃はパネルを立てかけ、雑花塾の平和を希求する楽曲を流していた。

それが 去年から 自らうたうようになった。

 社会活動に戻ったころ フォークシンガーたちのささやかな歌の場にも参加するようになった。

(今日の唄)

花はどこへいった

虹の民

明日への伝言

死んだ男の残したものは

戦争を知らない子どもたち

一粒の涙

軟弱者

私の子どもたちへ

あなたが夜明けをつげる子どもたち

海に向かって

教訓Ⅰ

遠い世界に

ベイズオーバー

平和の暦

(続く)f:id:tetsu77a:20200606020257j:image